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2020-01-05

ニューマニティ計画レポート② 〜2019年2月〜

横浜駅について

僕は週6〜7回睡眠をとる。そのうちの2〜3回は横浜駅で睡眠をとっている。定額で契約しているネットカフェが土日祝日の前日の夜には使えないからだ。

今日はその、横浜駅での睡眠について話そうと思う。横浜駅には東急線と相鉄線の連絡通路のところにだだっ広いたまり場のような場所が存在する。何でこんな所にこんなスペースがあるのかはよく分からないがとにかくここでは日中から多くのホームレスの方々が思い思いの時間を過ごしている。ここは人通りが少なく暖房も効いていてホームレスの方々が時間を潰すのには絶好の場所なのだ。

しかしこういった状況は問題とはされていないのだろうか。警備員の方の話を伺ったところ、どうやらこのスペースは東急電鉄さんが所有しているものらしい。もちろん東急電鉄さんもたくさんのホームレスの方が居座っているこの状況をあまり好ましいものとは思っていみたいだ。しかし、市の方々が、「人権に関わるから」ということで東急電鉄さんに頼んでこの状況が黙認されているようである。

それならさぞかし横浜のホームレスの方は快適な夜を過ごされているのだろう、と思われる方もいるかもしれない。だが実際はそんなことはない。今からするのは僕が初めて横浜駅で一夜を過ごした時の話である。

僕はある金曜日の、夜23時半ごろそのホームレスの方々が集うだだっ広いスペースに到着した。僕は空いているスペースを見つけ横になった。しかし、24時ごろになると警備員の方に肩を叩かれ、ここは閉まるから移動してくださいと言われる。

周りを見ると他のホームレスの方も続々と移動している。そこでどこに行くのか聞いてみた。歩いて4分ぐらいのところにある京急線の改札口のところに移動するらしい。僕も彼らについて行ってみた。

「ここで寝るのか」

京急線の改札口は屋外に面している形になっていて身も凍るような寒さだった。それに広いスペースでは無いので酔っ払っている人にちょっかいを出されたりということもある。でも僕は「一度眠りについてしまえば」と思いスーパーでもらってきた段ボールを敷き気休め程度のブランケットをかけ眼をつぶった。

何時間か経って深い眠りについていた頃、また警備員に起こされる。ちらっとスマホの画面を見る。3時半。猛烈に眠い。警備員はここも閉まるからまた移動して欲しいと言っている。

「今から移動?、どこに」、僕にはこの警備員が心の無い鬼のように思えてきた。もちろん彼らは仕事を全うしてるだけなんだけれども。

JRの中央改札口のスペースがあいてるからそこに行けばいいみたいだ。だがこれが本当に辛かった。JRの中央改札口と言えば今いる北口の反対側だ。もちろん駅の構内はあいていないので結構な距離を氷点下を下回るような極寒の中、歯をがくがくさせながら段ボールを持って移動しなければならない。眠気も吹っ飛んだ。身体が本気でどうにかなるかと思った。

そんな中なんとかJRの中央改札口のところに到着した。さっきのところよりはずっと暖かい。最初の連絡通路のスペースが開く5時半までそこで過ごし、あの最初に横になっただだっ広いスペースに戻るため今回三回目の移動をした。

朝7時半に駅に響く家から駅にいらっしゃった方々の足音とともに起床。眠るだけでここまでくたくたに疲れたのは人生はじめてのことだった。

2019年2月

僕は僕たち人類の「学び」の新しいあり方を考えるために3ヶ月などの短い期間で詰め込み式の学習や訓練で何か新しいことに挑戦する。そしてそれを通して考えたことなどを発信していく、ということをやろうと考えていた。

2月ではその前段階として自分が何をしようとしているのかということの説明のためにももっと短い期間での軽い企画をやっていた。

1月30日から2月12日にかけては「2週間でリフティング100回できるようになる」という企画をやった。リフティングとはあのサッカーのリフティングなのだがこういう身体を伴うトレーニングというのはやればやるほど目に見えて上達していくのでやっていて面白い。自分でもつま先の感覚がどんどん研ぎ澄まされていくのを感じた。

その間、同時並行でWEBデザインの勉強(主にHTML,CSS,Bootstrap)しなおして、にゅーまにてぃの公式サイト作成、youtubeチャンネルのWebページの作成、ブログのリニューアルもした。ロゴも作った。

2月18日からは「1ヶ月でクラウドソーシングで20万円稼ぐ」という企画を始めた。WEBデザイン、コーディングの仕事を中心に請け負っている。あまり順調ではない。

「好きなことで生きていく」について

一月の後半に人気ユーチューバーのラファエル氏のアカウントがBANされる。という事件があった。アカウントBANというのはユーチューバーにとっては最も思い処罰である。動画も全て消され、今まで積み上げて来たチャンネル登録者数などもゼロにされてしまう。今回の件はラファエル氏に収益上でも今まで積み上げて来たものがなかったことにされるという精神的な意味でも大きな打撃を与えたことだろう。

ラファエル氏はYoutube規約への違反ということで処罰を受けている。だがこのYoutube規約というのがかなり曖昧なもので、何をしたらダメでどこまではOKで、ということが明確に定められているわけではない。事実ラファエル氏の動画も過激なものがあったことにはあったのだろうがそこまで他のユーチューバーと比べて悪質なコンテンツがあったようには思えない。状況からして今回のアカウントBANという処罰他のユーチューバーへの見せしめ的な意味が強かったのだろう。

そこで僕が気になったのがこの事件に対する他のユーチューバー達の反応である。ラファエル氏と仲の良かったヒカル氏なども含め、いつ自分が標的にされるか分からない恐怖から、明確な基準を作ってくれないYoutube側の意図をうまく汲み取って良質なコンテンツを作っていきたいということを語っていた。Youtubeで飯を食わせてもらっている以上、Youtube様のお怒りを買わないよう「忖度」をしよう。ということだ。

このこと自体に別に文句があるわけではない。彼らにも生活がある。しかし彼らは一方で、少し前に「好きなことで生きていく」と題して自分たちがいかに自由であるかということについて思い思いに語っていた。

しかし、彼らは「ユーチューバー」である以上結局Youtubeというプラットフォームから自由になることはできなかったのだ。

Youtubeというプラットフォームが駄目、ということはできないし、常にそのことに怯えながら動画を作らなくてはならない。更に言えば、彼らがユーチューバーとして売れ続けるにはYoutubeのアルゴリズムに好かれるコンテンツをYoutubeに提供し続けないと行けない。

今回のことは、「ユーチューバーになれば自由になれる」、「ユーチューバーになれば好きなことができる」というまだYoutubeがやりたい放題のプラットフォームだった時の彼らがしていた主張がいかに浅はかなものだったかを浮き彫りにした事件だった。

過去も未来も、Youtubeというプラットフォームごときが人類を自由にするなんてことは残念ながらあり得ないのだ。

定京俊樹


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