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2018-10-26

野球と才能➀ ~才能の存在可能性~

こんにちは。定京俊樹です。

皆さんはプロ野球選手になりたいと思ったことはありますか。僕がまだ小さかった頃はプロ野球選手というのは日本でも人気の職業の一つでした。そして僕も含めた多くの野球少年が将来プロ野球選手になることを目指していました。しかしそのほとんどが中学校高校と大人になっていくにつれ、ある大きな壁にぶつかって挫折を経験してしまいます。それは「才能」という壁です。

皆さんも野球に限らず、どうあがいてもこいつには敵わない。みたいな存在に出会う。といった経験を少なからずされているのではないでしょうか。他の者よりも明らかに少ない練習量で技術を習得し、何年かかってもできそうに無いプレーを楽々とこなす。そういう人間が少なからずいるのです。そういった中でちらつくのが「才能」という言葉です。

今回は「野球と才能」ということをテーマに、才能とはなんなのか。果たして才能なんてものは存在するのか。才能の壁を乗り越えるにはどうしたらいいのかといったことを何回かに分けて考えていきたいと思います。

では才能というものはどのように存在するのでしょうか。

才能は私達がそれを認識することによって存在することができています。私達の現実というものは私達の認識によって作られるからです。

例えば幽霊なんてものは実在しません。しかし世の中には幽霊を見たことがある人がたくさんいます。物理学的に考えれば死体が焼かれ灰になってしまえばエントロピーがどんどん増大していくのでそれがまた集まって霊になるなんて事はあり得ないのにです。

ではなぜ存在しないはずのものを見たり怖がったりするのでしょうか。

それは私たちが幽霊を認識したからです。日本人は小さい頃から親から「ピーマンを残すとお化けが出るよ」と言われたり、隣の〇〇さんはあんなついていないなんてきっと悪い霊が付いているに違いない。という話を聞いたりしてだんだん幽霊の存在というのを受け入れていきます。そうするとやがて幽霊が出そうだと怖がったり実際に心霊現象を体験したりします。そしてそれがまた幽霊は存在するという認識を強めていきます。このように幽霊の存在という現実が作られて行くのです。

私たちの現実というのは私たちの認識から強く影響を受けています。実際に幽霊の存在を強く認識した僧侶が幽霊との戦いに負けて命を落としてしまったりもしているくらいです。

才能も同じです。才能なんてものは実在しません。才能を食べたり、才能さんと友達になったりしたことがある人はいないですよね。ですが私たちは成長の過程の中で様々な体験をしたり話を聞いたりする中で才能というものを認識するようになります。それが現実の才能の存在を生み出しているのです。

簡単にいうと、あるA君に野球の才能があるという現実はA君が自分には才能があると認識することによって作られるということです。

 

なるほど。では自分には才能があるとさえ思っていれば才能が芽生えるのか。

これは半分正解で半分間違いです。認識というものには強さがあるからです。それを臨場感といいます。

どれだけ強い臨場感を持って自分には才能があると思うことができるかということが重要なのです。

 

この話は次回に続きます。


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