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2018-10-20

反権力という姿勢

*これは過去に書かれた文章を改変したものです。

 

私は昔から何でかは分からないのですが権力というものがとても嫌いです。

何かと訳の分からない理屈を使って人を支配しようとするやからがどうしてと許せないのです。

まあもちろん権力が大好きであるという人も少ないのだとは思います。

そうであっても、私達はどこか権力という存在からはなかなか逃げる事ができません。場合によっては権力に支配される事を望んでいるかのような行動を取ることさえあります。

何故こんな事が起こるのでしょうか。

多くの人は自由をを望んでいるようで本当は自由になるのが怖いのです。自由というものには責任が伴います。その責任をおうのを嫌がるのです。

そういった中では本人達が自由なんてどうせ望んでおらず不自由が好きなのだから、それを導いてあげる事が必要でむしろ誰か有能な人が権力を持って支配してくれた方がお互いにとっていいのではないかという発想になる方がおられるのかもしれません。

しかし、私はそういった考えに賛成する事が出来ません。

何故なら、多くの人は自由とは何かを知らないからです。もし自由を放棄したいのなら自由とは何かを分かってからすべきだと私は考えています。私達人類は残念ながら全知全能ではありません。そういった中で人から聞いた事、聞かされた事、学んだ事の蓄積で成り立っています。私達はある色眼鏡を通して世界を認識し、ある判断を下すのです。

そしてほとんどの場合その色眼鏡は権力者の優位になるように植え付けられたものです。多くの大人や親、知識人と呼ばれる人達は、あの人は○○大学を出たから、とかあの人はお金持ちだからとか、あの人は見た目がかっこいいから、など何かと理由をつけてある人間に権力を持たせる事を容認する論理を披露します。非権力者も権力もほとんどがそうである事が嬉しいと感じている(感じさせられている)からです。

そういった中で本当の自由というものが何かという事が分かるというのはかなり特殊なケースであると言わざるを得ません。もし本人が自由とはこういうものだと思っていてもそんなものは権力者の論理の中の自由であり奴隷の自由です。権力者にとっての理想的なのは人々が自由を放棄し、自分達が言った事を信じてそのまま行動する事です。

更に権力がうまれるという事は偏りが出来るという事です。そして権力者達は一度手に入れた権力を維持する為にあらゆる手を使います。自分自身の自由を放棄するのは勝手なのかもしれませんが、これは次の世代、そして次の次の世代にまで渡る問題です。

そう言った理由で私は常に権力が大嫌いで反権力という姿勢を貫く事にしています。

これからもそれらと辛抱強く戦って行くのだと思います。


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