toggle
2017-06-13

努力不要論

こんにちは。定京俊樹です。

今日は努力という言葉について話していきたいと思います。

皆さんは「努力」と聞いてどんな事を思い浮かべますか。

僕は「努力して偉いね」。とよく言われるのですがあまりいい気持ちはしません。自分自身で目標を設定して常にやりたいことをやっているからです。

確かに世間一般では「努力」は偉いことという認識している方が多いのかもしれません。でも、特に若い人達なのですが私達は努力という言葉にとらわれすぎなような気がします。部活でも何でもそうなのですがまるで辛い事をやっていない奴はやる気がない。みたいな風潮があります。特に野球部、などはそういった風潮が強いです。どんなに辛くても我慢して文句を言わずに俺達が考えたメニューをこなせ。といった感じでしょうか。楽をする、ではないですがいかに工夫して効率よく上手くなろうかみたいな考えをしている部員は嫌がられる事が多いです。でもそれでは本来楽しくやっていたはずのものがつまらなくなっていってしまいます。

有名な話ですが野球のイチロー選手は小学生の頃に365日中360日野球の練習をしていたと言います。バッティングセンターにも毎日のように通っていたそうです。

果たしてイチロー選手はつらい事我慢して「努力」していたのでしょうか。おそらく、イチロー選手にしてみれば毎日自分が上手くなっていって、ヒットを打ったり試合で勝てたりする事が嬉しくて楽しくて仕方がなかったのだと思います。

人間の脳というのはよく出来ていて、自分がやりたくない事をやっている時は強烈に生産性が下がるようになっています。そしてやりたくない事をやらないための理由を無意識のうちに考え始めます。これをクリエイティブアヴォイダンスといいます。

もし、イチロー選手が「努力」をしてしまっていたら、そこまで激しい練習を継続できていないでしょうし、プロ野球選手にも慣れていなかったかもしれません。

もう一度「努力」という言葉について考えてみる必要があるのではないでしょうか。

 

 


スポンサーリンク

関連記事

コメントを残す

Amazon kindleにて自身の著書を出版しました!!

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。