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2017-06-12

反知性主義との戦い

こんにちは、定京俊樹です。本日は「反知性主義」について考えていこうと思います。

早速ですが、反知性主義というのは何のことでしょうか。簡単にいうと、物事を客観性、実証性を廃して自らが理解したいように理解する。そういった思想傾向のことを反知性主義と言います。

要するに、「俺が正しいと言ってるんだから正しいんだよ」といったところでしょうか。反知性主義者は自分達が見たい世界しか見ようとしません。彼らの怖さはここにあります。彼らはある命題がある時にその真偽を彼らにとって利益があるかといった基準で判断をします。そしてそれをまるで普遍的な心理であるかのごとくうそぶきます。彼らにとってはそれが正しいか、論理的であるかということはどうでもよいのです。

悲しいことに、今の日本で発言力を持っているのはこういった方々です。感情的になって小さな煩悩を振りかざす人達が成功するのが今の日本なのです。

ではそういう人達に飲み込まれないようにするにはどうすればいいのか。

圧倒的な教養を身につければいいのです。

とにかく彼らは必死に私達を思考停止させようとしてきます。それに対抗するには圧倒的な知識であり思考力が必要です。そのために必要なのが教育です。

しかし、教育機関にそれを求めるのはとても難しいです。なぜなら、そこにいるほとんどの方々は反知性主義者だからです。基本的に、大学はともかく、高校の教師というのは画一的な思考を植え付ける授業しかさせてもらえません。そして彼らにとってもそれが楽なのです。世の中には様々な立場の人がいて様々なものの考え方があります。本来はそれらがどういったバックグラウンドで、どういう論理で成り立っているのか、ということを正確に吟味する必要があります。しかしそれらを無視して自分が正しいと思っていること、もしくは誰か偉い人が正しいと言っている事正しいという事に出来てしまえばどれだけ楽な事でしょう。

ですが、その彼らの言うことを聞いていたら、皆さんはどんどん自分でものを考える事が出来なくなっていってしまいます。そして今度は皆さんがまた後の世代に反知性主義的な思想を植え付けてしまうかもしれません。

では、こういった現状から抜け出すにはどうしたらいいのか、理性を使えばいいのです。前頭前野を使えばいいのです。その為には本を読んだりして知識を蓄えたり、普段から論理的な議論を心がけたりなどいろんな事が出来ます。それから教養を身につけることが始まりです。

これは戦いなのです。

こじつけのような論理を使って、自分達の幸せばかりしか考えない権力者との自由をかけた戦いです。

この戦いを制するには武器が必要です。教養という名の武器です。皆さんが反知性主義から逃れ本当の自由を手に入れられる事を心から願っています。

以上です。

 


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